Se connecter……ちゃんとルファルの手の感触がある。
「はい、大丈夫、みたいです」リリシアの言葉に、ルファルは安堵の息を吐く。「それになんだか体がとても軽く、楽なような……」「我が月光の影響を抑える『月除け』の魔術を宝石にかけたゆえ。そなたが消えずに済み、何よりだ」シャイン皇帝の言葉にリリシアは身も縮こまる思いで恐縮した。だが、シャイン皇帝はどこかバツの悪そうな、申し訳なさを滲ませた顔をこちらに向けてくる。「先程、『解けぬ』と言ったが、言葉足りずであった。『呪いをかけた怪異本体を浄化せねば解けぬ』という意味で言ったのだ。リリシアよ、気を落とさせてすまなかった」シャイン皇帝は謝罪し、深々と頭を下げる。「いえ、そんな……むしろ、救って頂き、感謝しかありません。ですからどうか頭をお上げ下さい」シャイン皇帝は頭を上げると、リリシアを真剣な眼差しで見つめる。「ここからは大事な話となるが、イーグ月の光に淡く縁取られた美しいルファルの横顔。緩く編み込まれ、一本に束ねられたルファルの長い髪が、枕元にさらりと零れ落ちている。「ル、ルファル、様……?」リリシアは声を絞り出し、呼びかけた。するとルファルは淡々と告げる。「まずはお前の力を見るゆえ、手に触れる」「手、に……、ですか?」「あぁ。そして、お前が目を閉じ、強く祈り結界を展開したその途中から私が手を握り、お前の内へと力をそこへ流し込む」リリシアは己の耳を疑った。手に触れる、だけではない。その手を、握るのだとルファルはさらりと言いのけたのだ。ただでさえルファルがすぐ隣にいるだけで、胸の奥が張り裂けそうな程に高鳴っているというのに。(そんな、密な状態で……まともに結界を張り続けるなど、到底……)このままでは、結界が完成する前に己の心臓が弾け飛んでしまうのではないか。そんな恐ろしささえ込み上げてくる。「あ、の……ルファル様は、その……平気、なのですか?」沸き立つ熱を必死に抑え込むようにして尋ねるリリシアの声は、情けない程に震えていた。それなのに、ルファルの切れ長の瞳には、いささかの動揺も、戸惑いの色も見当たらない。「何がだ」「わたしと、手を握り続けることを、です」恐れ多さと、己の醜態への恥ずかしさで、たまらず視線を伏せようとした、その時だった。ルファルの大きな掌が、不意にリリシアの小さな手を包み込んだ。ルファルはそのまま自身の胸元――その衣服越しにある、心臓の真上へと、リリシアの手を容赦なく押し当てた。「あ…………」(ルファル様の、心臓が……)掌の衣服越しに伝わってくるのは、ドク、ドク、と、酷く速い熱を孕(はら)んだ昂(たか)ぶり。冷静に見えたルファルの内側が、今、自分と同じように、いえ、それ以上に激しく波打っている。「平気、だと思うか」ルファルのひどく切なげな声音がリリシアの心を揺らす。「あ……、いえ……」(ルファル様も……わたしと同じように、胸を高鳴らせていらっしゃる、だなんて)そう思った瞬間、頭の芯がカッと熱くなった。ますます、鼓動が耳の奥でうるさい程に響いて、ついには呼吸の仕方さえ一瞬分からなくなってしまう。ルファルはそっとリリシアの手を離すと、酷く真剣な眼差しでリリシアをじっと見つめ直した。「では、始める」ゆっくりと、ルファルの大きな手
これまでの張り詰めていた空気がふっと緩むと、リゼルがエルシー達4名に向けて、旅先から持ち帰った異国の土産をそっと皆に配り始めた。「あらら? リゼルくん、私は2つも貰っちゃっていいの?」「もう一つは、そこの猫の分」シャアッとエルシーの肩に乗っかった精霊の毛並みが逆立ち、可愛らしくも乱暴な声が響く。「誰が猫です? うさぎに決まっているです」「きゃーっ! 出ましたぁ! キラサマのいつものお決まりの台詞!」そんな賑やかなやり取りを、アルベルト、ハノ、そしてテオの3人は、呆れ果てたように見つめていた。だが、それもほんの一瞬のこと。そのあまりの他愛なさに、付き合う価値すら見い出せなくなったのだろう。まるで「阿呆らしい」とでも言いたげに、彼らは霧が晴れるかのように、跡形もなくその姿を消した。その後、リリシアは手を振って見送ってくれるエルシーとリゼルに、何度も頭を下げ、手を振り返しながら、別れを告げ、ルファルと共に会議室を後にした。やがてリリシアはルファルと宮殿の貴族専用の扉付近に横づけされた馬車へと乗り込む。そうして、心地よい揺れに身を任せながら、ふたりは住み慣れたハクヴィス邸へと帰還した。* * *そして、翌日の夜。リリシアはルファルに連れられ、邸宅の奥深くにある隠し部屋にいた。ルファルが宮殿での自身がいない間の引き継ぎの公務を終えて帰宅し、共に夕食を済ませた後、導かれるままにここまで連れてこられたのだ。昨日は任務の長旅と神魔会議の疲労を癒す為、互いに休息に充てた。ゆえに、本格的な修練が開始されるのは、今夜からとなる。――ルファル様が発たれる前日は準備に費やされる。となれば、残された期間は、僅か3日3晩。この3日間は、きっとわたしにとって……一生忘れることの出来ない……大切な日々となるに違いない。「……とりあえず、ベッドに横になれ」「は、はい……っ」いよいよだ。 リリ
リリシアは、表向きでは丁寧に、けれど隠しきれない傲岸(ごうがん)さを孕(はら)んで聞き返したテオの言葉に驚きつつも、息をひそめて内心はらはらとしながら会話の行く末を見守る。されど、シャイン皇帝の声音はどこまでも穏やかで、揺るぎなかった。「さよう。テオ、そなたは神魔術隊の中では最年少であり、屈指の天才だ。そして、アルベルトは神魔術隊の中で経験値が優れ、最も場慣れしている。よって、リリシアの内にある呪い――自身の闇を乗り越えさせるには、そなた達が必要不可欠ということであるが、異論はあるか?」「……ありません」「テオ」アルベルトが低く凄みのある声で名を呼び、すっと立ち上がると、テオもまた、苛立ちを押し殺すようにして立ち上がり、その後に続いた。そのままふたりはシャイン皇帝の前へと進み出ると――バサッ。豪奢な長衣の裾が美しく、宙を舞い、ルファル達が跪いている反対側に揃って深く平伏した。「その命、謹んで承りました」アルベルトが朗々と胸を張り、堂々たる態度で言葉を紡ぐ。テオも不承不承ながら気を引き締め、共に深く頭を下げた。シャイン皇帝は静かに頷くと、再びルファルへと視線を戻す。「ルファル、これで良いな?」「はっ。……しかしながら、私の見立てでは、このままではリリシアは修行に耐え兼ねないかと存じます。それゆえ、私が発つ前に、リリシアの力を引き上げておきたいのですが、宜しいでしょうか」ルファルのその言葉に、リリシアの胸が熱くなる。――ルファル様は、どこまでもわたしのことを案じて下さっている。「良い、許可しよう。――だが、猶予は6日だ」「寛大な御心、感謝致します」ルファルは深々とシャイン皇帝に頭を下げた。(――まさか、ルファル様と先に、ふたりきりで修行をすることになるなんて)張り詰めるような緊張。けれどそれ以上に、ルファルが自分に注いで下さる慈しみが温かくて、じわりと目頭が熱くなる。ご迷惑をおかけしないように、死に物狂いで、少しでも期待に応えられるよう勤めなくては。
シャイン皇帝が静かに立ち上がる。そして日の魔術の呪文を紡ぐことなく――無詠唱で、ただ扉を一瞥くれた瞬間――。会議室の両開きの扉が、まるで猛烈な嵐に押し開けられたかのように激しく音を立てて開いた。突如として吹き込む、圧倒的な力の奔流。開け放たれた扉の向こう、廊下の奥から、美しい剣が凄まじい速度で空を切り、風を引き連れてこの会議室へと飛び込んでくる。シャイン皇帝は迷いなくその右手をすっと伸ばし、飛来した剣の柄を寸分の狂いもなく掴み取った。衣服を揺らす風が、ぴたりと収まる。そのままシャイン皇帝は手にした剣を跪くルファルの前へと差し出した。「この剣は、我が亡き父――前皇帝が残した、この世に唯一無二の銘。ルファルよ、この剣を鞘から抜いてみよ」シャイン皇帝の静かな、けれど有無を言わせぬ絶対的な威厳に満ちた声が、張り詰めた会議室に響き渡る。ルファルは、その涼麗な美貌をいっそう引き締め、恭しく両手でその剣を受け取った。(ルファル様……)リリシアは胸の前でぎゅっと両手を握り締め、固唾(かたず)を呑んでその姿を見つめる。ルファルは躊躇うことなく、さらりと柄に手をかけ、一気に引き抜こうと渾身の力を込めた。――けれど。「……っ」かすかな衣擦れの音。そして、息が詰まるような静寂。驚くべきことに、剣は鞘に収まったまま、微動だにしない。神魔術隊最強と謳われるルファルが全力の力を持ってしても、一寸たりとも刃が姿を現さないのだ。その異常な光景に、円卓の席に連なるエルシー達から息を呑む音が零れる。シャイン皇帝は、全てを見通しているかのような深い双眸をルファルへと向け、静かに首を振った。「そなたにでも抜けぬか。……ルファル、この剣を目覚めさせる月の修行に出よ。剣を抜き、一振りしたその時、満月をなぞるかのように清廉されし美しいドラゴンが姿を現すであろう」「……かしこまりました」ルファルは悔しさを表情に滲ませることもなく、ただ厳かに深く頭を垂れた。けれど、リリシアの胸には、冷たい刃が突き刺さったかのような衝撃が走る。(ルファル様が、わたしの側から離れて、修行に行かれてしまう……)――いつも、不器用ながらも真っ直ぐにわたしを護り、導いて下さったルファル様。そのお方が、手の届かない遠くへ行ってしまう。ただでさえ足手まといなのに、このままでは本当に、お側に
* * *「よくぞ無事に戻った、ルファル、リゼル。そして……リリシア」――夜。神聖な会議室の上座から全てを見透かすような、涼やかで気品に満ちた声が降ってくる。清廉な空気が満ちる会議室の床に、リリシアはルファル達の後ろで跪き、深く頭を垂れていた。久方ぶりにお目にかかるシャイン皇帝の、どこか浮世離れした美しさと圧倒的な威厳。リリシアは思わず、そのお姿に一瞬だけ目を奪われてしまう。自分のような身分の者が、こうして直にお声を掛けられていること自体、未だに夢のようだった。――汽車が帝都の駅へ到着したのは、ほんの少し前のことだ。一刻も早く今回の任務を報告する為、邸宅に戻って旅の疲れを癒やす間もなく、馬車に揺られて急ぎ宮殿へと向かった。されど幸運にも宮殿入りした際に公務を終えて側近と共に廊下を歩まれていたシャイン皇帝と会う事が出来、こうして緊迫した空気の中、緊急の神魔会議が開かれる運びとなったのである。会議室の中央に据えられた円卓の席には、シャイン皇帝を取り囲むようにして、エルシー、アルベルト、ハノ、テオが高貴な背もたれの高い椅子に深く腰掛け、静かにこちらを見守っている。「シャイン皇帝、まずは土産を渡させて頂きたく」静寂を破り、ルファルが隣に用意していた丁寧に包装された菓子の箱を厳かな手つきで差し出した。「うむ」シャイン皇帝は小さく頷き、ルファルから手渡されたその箱を受け取る。その直後、円卓の一席から華やいだ声が上がった。「きゃっ、それって、もしかしてもしかして、あの街の名物の『海の花、バハル』!?」はしゃぐエルシーをテオが酷く不快そうな、突き放すような冷徹な視線で一蹴する。「エルシー、うるさいです」エルシーの肩に乗っかった精霊もまた、注意する。すると淡々と、しかしどこか浮き世離れした調子でリゼルが続けて言葉を添える。「エルシー、静かにしなよ。君の声のせいで話が聞こえない。シャイン皇帝の邪魔でしょ。……全員の分、ちゃんとあるんだからさ」あの感情の起伏が薄く他人に興味を示さないリゼルが、全員の為に土産を選んで買ってきたという、天と地がひっくり返ったかのような事実に、エルシーのみならず、その場にいた一同が驚きに目を見張った。シャイン皇帝はふっと細められた美しい目で箱を見つめ、箱をそっと傍らに置く。「……ほう、名物とな。心遣い、感謝する。
* * * 宿屋から街へ、馬車で揺られて。 「ここが、土産物屋だ」 そう言って、ルファルがやがて足を止めたのは、街の一角にある洗練された店の前だった。 駅からも程近く、潮の香りが微かに残る風が通り抜けていく。 (なんて、お洒落な店……) あまりの美しさに、リリシアは圧倒され、立ち尽くした。 自分のような者が足を踏み入れていい場所なのだろうか。 そんな卑屈な思考が頭を掠めるが、隣に立つルファルの存在がそれを押し留める。 「魔術師達が、よく立ち寄る店でもある」 説明を受け、ルファルの促されるままに店内へ一歩足を踏み入れると、品のいい女性の店主がにこやかに出迎えた。 「これはこれは、ルファル様ではないですか。ようこそお越し下さいました。あら……」 店主の視線が、ルファルの整えられた髪に留まる。 「本日は随分と雰囲気が違いますこと。もしや、隣にいらっしゃる噂の花嫁候補様の影響かしら?」 「……余計なことを言うな」 ルファルの冷たい一喝をよそに、リリシアは棚に並ぶ美しい菓子に目を奪われていた。 純白の粉糖に包まれた、繊細な花びらのような焼き菓子。 (わあ……なんて綺麗。これならルファル様だけでなく、シャイン皇帝やエルシーさん、ハノ様達も喜んで下さるかもしれないわ) 「リリシア。その菓子が気になるのか?」 不意に背後から、ルファルの低く心地よい声が降ってきた。 肩が小さく跳ねる。 「あっ、いえ、その……」 「こちらは『バハル』――海の花と呼ばれるこの街の名物でございまして、口の中で溶け切る前に3度その名を唱えると願いが叶い、幸せを呼ぶお菓子と言われておりますの。宜しければ、ご試食してみませんか?」 戸惑うリリシアを助けるように言葉を重ね、店主が声を掛けて来た。 「リリシア、食べようよ。僕も食べたい」 「……リゼル、お前が先に答えるな」 ルファルはムッとし、不機嫌そうに眉根を寄せたが、リリシアがおずおずと彼を仰ぎ見ると、観念したように店主へ頷いた。 「……用意してくれ」 「かしこまりました」 そうして店主から手渡された菓子をリゼルが真っ先に口へ放り込む。 するとそのまま風のような速さで「バハル」と3度唱え終え、そのあまりの速さにリリシアは目を丸くする。 「リゼル様、凄いです……」 「……余裕。毒も入ってないし、リリシ